Since 2008.3.19 Last modified :2008.3.19 前のページに戻る   若い頃から、他にやること が無いとき、飛行機の模型を 作りつづけてきた。ほとんど が軍用機だ。なぜ?・・と聞 かれても売られているキット の殆どが軍用機だったこと、 民間機に比べ膨大な種類と個 性的な機体も多く、塗装のバ リエーションも広いから・・ ・・・としか答えられない。  次に「なぜ1/72か?」 第一に、最初に作ったのが、 1/72。最も古い規格と思 われる。当時の多くの国産メ ーカーは、1/50を出して いたと思う。1/48が充実 しだしてまだ20年程しか経 っていないと思う。 第二に、完成した模型の保管 スペースの問題。大問題だ。 第三に、同一縮尺で単発戦闘 機から四発重爆撃機まで揃う こと・・・この点も大きい。 B36やB52までもが同一 縮尺のキットが存在する。 第四は、妥協できるから。小 さいから細部の作り込みをど こかで妥協するしかない。大 きいとドロ沼にハマる。まず 完成までこぎつけない。エッ チングパーツに大金を投じた り・・。

縮尺1/72の軍用機中心・飛行機プラモのページ

■製作過程の紹介 第二例■ (Bf109 G その3)  ハセガワのクロアチア空軍のBf109 G14のデカールを転用してしまったので このキットをフィンランド8位のエース、カタヤイネン乗機を作ることにした。 他には見当たらないタイプのエースで、「奇跡の生還王」とか「ついてないカタヤイネ ン」などと呼ばれている。米空軍がもし自国を戦場に防空戦をやったら、こんなエース は生まれない。被弾し機体が危険な状態になったら迷わず脱出落下傘降下を選ぶだろう。 しかしフィンランドでは戦闘機生産能力が無かった。部品は墜落機から取って修理して 使うしかなかった。墜落機の部品目当てに、ソ連領内に陸軍部隊が回収に出かけるよう な作戦まで存在した。だからカタヤイネンは自分の生命の危険を顧みず、無謀とも思え る生還劇を演じたのであって、国情からすると当然の行動だったのかもしれない。  「世界の戦闘機隊」と言う本の塗装図が 私にっと最初の図面だった。そのデータに よると、機体はG−6となっている。が、 エルラハウベ、大型垂直尾翼付きの機体な ので、ハセガワのキットを使うならG−14 だ。余ったキットを活用できる。  中性洗剤での水洗いなどの下準備を始めたら、手間いらずキットは「製作記」として はかえって難しいことに気づいた。作り始めたらすぐ完成ではないか、つまらん。前作 のレベルのキットとハセガワのキットを比較してみる。 まず、レベルのキットの胴体内側だが、右 は酸素供給装置らしきものやスイッチパネ ル、左はスロットルレバーや水平安定版角 度調節操作輪などがモールドされている。 一方ハセガワのキットはツルツル状態。 計器盤も同様で、レベルキットにはそれら しいモールド見られるが、ハセガワには照 準器の位置に膨らみが付いているだけだ。 よって、レベルの場合、コックピット内を 細かくそれらしく塗装する楽しみが有るが ハセガワのキットの場合、計器盤にデカー ルを貼るだけの作業になる。しかしその作 業は味気ない上に困難でもある。小さな計 器盤のパーツにピタリと位置を合わせデカ ールを貼るのは難しく、しかも一発勝負だ。 どうせ味気ない作業なら、簡単で確実でな ければならないと思う。  そこで今回はちょっと変わった方法を試してみた。8センチ四方の色画用紙の真ん中 に穴を空けたものをイメージスキャナのガラス面に置いて、その穴の中にハセガワ計器 盤のパーツを置いてスキャンする。480dpi程度が手頃な大きさだった。出来上が った画像をビットマップで保存。お絵描きソフトで形をなぞり、色をつける。ついてに コックピット左右のスロットルレバーなども長方形の中に描き込む。ワープロソフトに 貼り付け、大きさを8センチ四方に指定して、白色のフィルムシールに印刷したものが 下の写真。まず0.5ミリプラ板に貼り付けて、余分を後からプラ板ごと切り取るので、 デカールより安全確実簡単な方法だ。  上の写真、04の黄色塗装を終えた主翼裏面中央に乗っているのが切り取った計器盤。 モニタ上ではちょうどの色調に見えたのだが、印刷してみると青みが強すぎた。この主 翼や胴体が置いてある下に敷いてあるのが今回試作したシール。  組み立てだが機首のボイレの接着の位置決めが難しいのと、隙間ができ唯一溶きパテ を必要とした箇所となった。あとは本当に手間いらず。すぐに組み立て完了。  塗装だが、使用したinSCALEのデ カールにも塗装図が示されていた。操縦席 付近が74になっており、共通点も多いが 微妙に異なる。前期パターンで塗装し、ド イツ国籍標識位置を74で塗りつぶした。 胴体は76の多く残る比較的明るめの迷彩 としてある。ユーティライネンの著書には 1943年2月にドイツ本国の工場にG2 の機体を受け取りにいくエピソードが書か れていたが、フィンランド空軍には、出来 立てピカピカの新品を供給したことになる。  カタヤイネンはつぎはぎのブルースター で飛び。何回も災難に遭っていたので、も っと汚い塗装を・・・とも考えたが、逆に ほとんど工場出荷状態に仕上げるのもおも しろいと思い、74、75、76のみで塗 装し、現地での修理、リタッチの跡などは 付けずに、綺麗な状態とした。 フィンランド空軍 3/KLeLv 24 Bf109 G-6 完成した状態 制作記 その2